人ゲノム解読と癌

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癌の正体はどこまで解明されたか

21世紀は、20世紀の物理科学に対して、生命に関する情報・知識が爆発的に増加する生命科学の世紀とも言われています。 2000年6月26日クリントン大統領は、セレーラ・ジェノミックス社のベンター社長と共にヒトゲノムの大部分を解読したと全世界に向かって宣言しました。
ゲノムgenomeとは、遺伝子geneと染色体chromosomeの合成語で「生命体のもつ全遺伝情報」いわば「親から子へ伝えられる生命の設計図」と言えます。

1990年米国の国立衛生研究所NIHとエネルギー省は共同で、全ヒトゲノムを解読する計画「国際ヒトゲノム計画」をスタートさせました。これはアポロ計画に匹敵する公的資金を用いる大計画であり、また日本、欧州等のチームも参加する国際計画となりました。解読の完了目標は2005年におかれていました。 一方NIH出身のクレイグ・ベンター博士は、パーキン・エルマー社と組み、セレーラ・ジェノミックス社を1998年5月に設立し、3年以内に(2001年までに)ヒトゲノムを解読すると宣言しました。 これを受けて国際計画の解読目標も2003年に前倒しされ、激烈な解読競争が繰り広げられてきました。

そして、2003年4月、人間の生命としての設計図である全遺伝情報(ゲノム)の完全解読が完了し、関心はポストゲノムに向かっています。 このような状況下、死亡率1位で遺伝子との関係が強いと言われながら、未だ決定的治療法が確立されていない癌の正体はどこまで解明されているのか、その治療法の見通しはどうなのか考えてみたいと思います。

ゲノムの解読とポストゲノム

ヒトには、22個の常染色体と2種類の性染色体があります。これらの染色体の主成分で遺伝情報を担っているものがDNAとなります。ヒトのDNAには合計31.8億のA,T,G,Cで示される塩基対があります。コンピュータの情報は0,1という記号で示されますが、ヒトの遺伝情報はA,T,G,Cという4つの記号で示されているわけです。

ヒトのゲノムを解読するとは、ヒトの全塩基配列(31.8億)を明らかにすることとなります。ゲノム解読では、民間のセレーラが国際プロジェクトをリードしています。セレーラは400台の高性能コンピュータと400人以上のバイオインフォマチックス(生物情報工学)の専門家を揃えて解読作業を続けていると言われています。

解読結果は、染色体別にコンピュータが打ち出してくるA,T,G,Cの暗号のような文字の羅列となります。 しかし、単なる文字の配列のままでは何の役にも立ちません。まずこの意味を読み取らねばなりません。DNA中の遺伝子の部分は3~5%に過ぎないのですが、その位置を明らかにし、それが何に関係し、いつどこで発現(活性化)し、どのような機能を果たしているのか明らかにする必要があります。遺伝子の数は、現在のところ3~5万個と見積もられています。

また遺伝子の機能とは、遺伝子から作り出されるタンパク質の機能となります。人体内には10万のタンパク質があるそうですが、今後の医薬品開発に有用なものは3,000個程度と予想されています。(このうち約300個は、ほぼ解明されているようです)
タンパク質の機能解明には、遺伝子上の塩基の1つの違い(SNP:一塩基多型)による体質の差の解明が1つの大きな糸口となります。

主戦場は、SNPの探索とタンパク質の構造と機能の解明に移っています。ポストゲノムとは、ゲノミックス(ゲノム解読学)からプロテオミックス(タンパク質とゲノミックスの合成語、プロテオームとも言われています)への移行と言われています。21世紀の医薬品や治療法の開発は、プロテオミックスに基づいてより論理的に進められます。競争は熾烈を極めているようですが、それだけに今後の進展、成果が大いに期待されます。またSNPの解析は、個人の体質差を明らかにするものですが、これによって個人、個人に適した治療法(テーラーメイド医療)が期待されています。

ゲノミックス及びプロテオミックスに関連する専門語の説明は末尾にまとめておきます。

ガンは段階的に進行し、より悪性化して行く

米国では人口の40%は、一生のうちどこかで癌に遭遇すると言われています。
1971年ニクソン大統領は、20世紀の末までに米国の癌死亡率を1/2にするとの目標を掲げて、大きな研究予算を付けた対癌プロジェクトを立ち上げました。しかし膨大な研究費を注いだにも関わらず、1980年代まで見るべき成果をあげられず、生活習慣の改善に着目したHealthy People 2000活動に切り替え、禁煙による肺癌の抑制等に成果を上げてきました。

癌研究はこのように一筋縄では行かない大きな困難を秘めていることが改めて確認されているのです。

発癌の過程は大別して、イニシエーション ⇒ プロモーション ⇒ プログレッション と呼ばれる段階で説明されています。

イニシエーションは、正常細胞が化学物質や放射線、ウイルス等の影響を受けて突然変異を起こした段階です。 突然変異はまた、細胞の分裂時にも起こります。 しかし突然変異した細胞の生存確率は極めて低いのです。生体にはそのような細胞の生存を許さない何重もの防御システムがあるからです。 したがって体に初めて現れた癌細胞は、この防御システムの厳しい追及をくぐりぬけた10,000個に1個の細胞とも言えます。

次のプロモーションはその細胞がさまざまの障害を乗り越えてある程度増殖した、しかし周囲にあまり影響を与えないいわば良性の段階と言えます。

プレグレッションは長い潜伏期を経て悪性化し、細胞が急激な増殖を始めた癌と認識される段階です。 癌細胞は栄養や酸素の供給面から1mm程度の大きさ(癌細胞数としては10億個程度の塊)にしか成長出来ませんが、塊の中に血管を引き込むと急速に成長し大きくなります。この後はこの血管を起点に転移し、ついには全身に広がってそれぞれが新しく増殖をはじめ、手に負えない状態になってしまいます。
(転移先:結腸癌は肝臓、乳癌は骨、肺癌は脳が多い)

このような癌の能力をまとめますと無制限に細胞分裂する能力、血管を新生する能力、新しい組織に転移する能力となります。
また癌の起こる割合を年齢で見てみますと、70才では10才の1,000倍も高いことが解っています。年齢の4~6乗に比例して増加するといわれています。

癌は、4~6段階の複雑なステップを経て経て起こると言う多段階説が有力な仮説となっています。
癌が表面化するまでには、4~6の現象が細胞内で段階的に蓄積している可能性が高く、多くの場合何10年もかかると言えます。
この観点からは癌はまさに老年病と言えましょう。
平均寿命が延びれば伸びるほど意識しなければならない病になります。

一方遺伝子的研究から「癌は遺伝子が引き起こす病気である。また癌の発生には多くの遺伝子が関係している。」ことが明らかとなってきました。
これは癌が遺伝する病気を意味するものではありません。遺伝子に環境要因が大きな影響を与えていると考えるべきです。遺伝の関係する確率は10%程度と言われています。もう少し詳しく遺伝子レベルでの癌解明の現状を見てみたいと思います。

遺伝子レベルにおける癌の解明

人体は自律的細胞から出来ている複雑な生物機械、共同体ネットワークと言われます。 自律的とはそれぞれの細胞のなかに細胞自身の予定表を持っているということです。 成長と分裂のプログラムを何時開始するのか周囲の組織・細胞の状況に合わせて進めています。

正常な細胞は必要なときだけ分裂し、その他の時間には分裂を停止しています。

これに対して癌細胞は周囲の状況にお構いなしに、自己の増殖に集中するいわば裏切り者です。 コントロールを失って無制限に分裂を繰り返す細胞です。 アクセルが踏み込まれたままなのか、ブレーキが壊れてしまったのかいわば暴走車のような細胞と言えます。 細胞分裂のアクセル役となる原癌遺伝子が異常に活性化されると癌遺伝子となります。 また細胞分裂のブレーキ役の癌抑制遺伝子が壊れても癌化が促進されます。

現在までに発見されている癌遺伝子は100種類、癌抑制遺伝子は20種類程度です。 癌遺伝子では、動物からウイルスに取り込まれているsrc遺伝子、膵臓癌の90%に関係すると言われるras遺伝子等が有名です。 また抑制遺伝子としては、ヒトの癌の50%に関係していると言われるP53が代表的なものとなります。 癌遺伝子が始めて分離されたのは1981年、また癌抑制遺伝子のそれは1986年です。抑制遺伝子の発見の方が難しいのです。

癌はこれらの遺伝子が相互に関係しながら進行します。

例えばポリポージスと呼ばれる大腸ガンは、APC癌抑制遺伝子の変異に次いでβ-カテニン遺伝子の作用で良性のポリーブが発生します。この後ras遺伝子の変異とP53抑制遺伝子の変異が重なるとポリーブは癌化します。 更にSMAD4遺伝子が働くと癌は転移するようになります。 このように癌の進行には多くの遺伝子が関係しているのです。 これが先の多段階説の裏付けともなります。

しかしこれらの遺伝子は癌にのみ関係している遺伝子ではないのです。 本来の機能は、細胞の増殖や調整等の生命の維持に必要な働きにあるのです。 例えばP53抑制遺伝子は、ですが、本来は細胞分裂の監視役で、分裂に(DNAに)異常を認めた場合には分裂を停止させます。 DNAに異常が発生した場合には、細胞は自殺(アポトーシス)させられます。 しかし異常が僅かの場合は修復遺伝子が働いて、異常部分は修復されます。 癌ではこの修復遺伝子にも異常が起こり、働かない場合が多いのです。

一方正常なヒトの細胞には寿命があり、50~60回の細胞分裂を繰り返すと死んでしまいます。 しかし癌細胞には寿命がないのです。 ガンの研究によく使われているHeLa細胞は、1951年に癌で亡くなられたHenrietta lacksさんの癌細胞です。 50年後もHeLa細胞は行き続けているのです。 何故でしょうか。

DNAの末端にはテロメアと言う部分がありますが、この部分は細胞分裂の度に短くなって行きます。 ある程度の短さに達すると細胞は死にます。 しかし癌細胞はテロメラーゼという酵素を持って、テロメアを合成しテロメアを短くさせないのです。

今後の癌治療法の見通し

遺伝子レベルにおける癌解明を大雑把ですが、見てきました。 ガンの正体のあらましは見えてきたように思えます。 2010年にはもっと正確に見えてくることは間違いないところです。 しかしその頃には切る(メス)、焼く(放射線)、叩く(化学療法剤)が中心の治療法から、 もっと体に負担の少ない治療法に切り替わっているのでしょうか。 難治ガンと言われる食道癌、肺癌、肝臓癌、膵臓癌は治る癌になっているのでしょうか。 「患者よ!癌と闘うな」等という問題提起の時代は終わるのでしょうか。

2001年1月には、医薬品企業とベンチャー企業が組んで、ゲノム創薬で新しい抗癌剤の開発に成功した、 血管形成を妨げガンを餓死させる物質を発見した等のニュースが続いています。

癌の診断法は大きく前進するでしょう。 また特に遺伝性に関連した予防法に関する知識や情報も飛躍的に増えると思われます。 しかしこれらの治療法が現実のものとなり、切る・焼く・叩くから免れるには10年では無理のように思えます。 正常な細胞から生まれて、正常細胞と殆ど変わらず、複数の遺伝子が何段階にも働いて進行する癌細胞を除くことはまだまだ難しい ように思えます。 当分は信頼できる腕を持つ先生のメスに頼らなければならないように思えます。

55才以上になれば、癌に遭遇する確率は85%だそうです。 またその癌の発生部位の85%は、消化管、呼吸器管、泌尿・生殖管のいずれかです。 いざという時にどうするのか考えておくことに越したことはないように思えます。 高齢者の場合は転移した癌が早く増殖させないことも重要だと言われます。 頼りになる免疫療法も大きく進歩して欲しいと考えます。

(健康豆知識「免疫と癌」をご参照ください。)

また食生活やライフスタイルを、最新の情報も加えてより発癌が少ないものにして行く重要性は全く変わりません。

皆様のご健康を心よりお祈り申し上げます。

ゲノミックス及びプロテオミックスに関連する用語の説明
染色体 細胞分裂時に細胞の核の中に現れる棒状の構造体。 遺伝情報を担うDNAが、主な成分となっている。 DNAが塩基色素で染色可能であることから、名付けられた。 生命の歴史は染色体に刻まれていると言われる。
DNA
(デオキシリボ核酸)
全ての生物の細胞に含まれる生命維持に不可欠な高分子物質で、リン酸と糖と塩基が結合したもの。 糖の種類によって、DNAとRNAに区分される。 DNAは、細胞の核内における遺伝子の本体であり、リン酸とデオキシリボースという糖が連なって鎖状となり、 その鎖が2本らせん状に絡み合っている。 2本の鎖間にはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基が並ぶ二重らせん構造となっている。 全ての生物の遺伝情報はは、このA,T,G,Cの4塩基の配列が決定しており、4塩基のうち3塩基が一組(コドン)となり、 アミノ酸の種類を決定する情報となっている。コドンの組み合わせは4×4×4=64通りあるが、ヒトの体内にあるアミノ酸は20種類であり、 1種類のアミノ酸には1~6種類のコドンが対応している。
遺伝子 DNAの長い鎖に書かれた塩基配列のうち、タンパク質を決定する情報を持つ部分を言う。 遺伝子はDNA全体の3~5%に過ぎない。 残りの95~97%の部分は何の情報も持たず、ジャンクDNAと呼ばれている。 一つ一つの遺伝子は、タンパク質合成開始信号(開始コドン)から始まり、終止信号(終止コドン)で終わっている。 その間にはアミノ酸を決定する暗号部分(エクソン)と不要部分(イントロン)が並んでいる。 ヒトの遺伝子の数は3万~5万程度と予想されている。
タンパク質 アミノ酸が多数結合してできる、生命体で基本的な役割を担う高分子。 ヒトの体内だけで約10万種ある。
RNA DNAと構造が似ているが、リン酸とリボースという糖が鎖をなし、アデニン(A)、ウラシル(U)、 グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基が並んでおり、DNAとは糖と4塩基のうち1塩基が異なる。 DNAからタンパク質合成に必要な遺伝子部分を転写するメッセンジャー(m)RNA、アミノ酸を運搬する転移(t)RNA、 タンパク質合成の土台となるリボゾーム(r)RNAに区分される。
DNAからの遺伝子情報の転写は先ず、A⇒U、T⇒A、G⇒C、C⇒Gに置き換える作業によって前駆体mRNAとなり、 続いてイントロンを除きエクソンのみを転写する編集作業(スプライシング)によってmRNAとなる。
ゲノム 染色体の基本的な一組を指す。優性生殖する生物では、体細胞は一対(一組の2倍)、生殖細胞では一組の染色体をもつ。 ヒトのゲノムは22種類の常染色体と2種類の性染色体(X染色体とY染色体)、合計24種類の染色体が一組となって構成されている。
ゲノム解読とは、ヒトゲノムの塩基配列(約32億の塩基対からなる)を解読することである。
国際計画における日本の担当は、11番染色体及び21番染色体で、前者には癌、糖尿病また後者にはアルツハイマー病、 自己免疫等の遺伝子があると期待されている。
大腸菌のゲノムは400万の、またショウジョウバエのそれは1.8億の塩基対がある。 (それぞれヒトの0.1%、6%に相当) A型インフルエンザウイルスは、RNAゲノムで1.8万の塩基対を持つ。 稲のゲノムは4.3億の塩基対を持つ。
プロテオーム Proteinタンパク質とgenomeゲノムの合成語で、遺伝子が作り出すタンパク質を指す。 プロテオミックスとも言われる。 約10万種あるヒト体内のタンパク質のうち、医薬品開発のターゲットとなる「標的タンパク質」は、3,000個程度と予想されている。
SNP(スニップ) 一塩基多型と訳されている。 多型とは、遺伝子による体質や体型などの個体差で、かつ1%以上の出現頻度をもつものを指す。 (出現率が1%以下の場合は突然変異と呼ばれる)
一つの遺伝子の中で、塩基配列が一箇所のみ、他の大多数のヒトと異なっている多型をSNP、又はSNPsと呼ぶ。
テーラーメイド医療 標的とするタンパク質にSNPがある場合は、ヒトによって医薬品の効果や副作用に差が生ずる。 テーラーメイド医療とは、患者が持つSNPを調べた上で、その患者の体質に合った薬や療法を決めるものを言う。 オーダーメイド医療とも呼ばれる。
ES細胞
(胚性幹細胞)
胚は細胞分裂を開始した受精卵、胚性幹細胞は肺細胞を生み出す細胞。 環境次第であらゆる組織に成長する能力を備えているため「万能細胞」とも呼ばれる。

龍野マルゼン薬店店内

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